« チェコ映画(ヤンシュワンクマイエル)に興味を持ったら、ココ! | トップページ | 穢れなき悪戯 美しくて哀しいおとぎ話 »

新世紀エヴァンゲリオン

いまさらなんですが。わかってます、わかってますよ。なんでいまさら?って。
でも、このブログを整理するためには必要なんです。

ちなみに、こちらにも軽く記事にエヴァを絡ませています。

「世界の中心でアイを叫んだケモノ」について

スーパーコンピュータMAGIの主にバルタザールについて

やっぱり人間関係って「拒絶のプロセス」に尽きると思うんですよ。
いかに他人からの拒絶を容認していくか、これじゃないでしょうか?

方法としては、自分も拒絶すること。これは、哀しいですよねー。べつに拒絶されたからって拒絶し返す必要なんて無いじゃないですか。でも、この方法は簡単だし、楽だし、自分の弱い心を守ることができるんですよ。
世界は広がらないですけどね。

なので、上記の方法は大人としてはよろしくない。

じゃあ、どうしたらいいのよ?っていうことで、まあ、拒絶への容認ですよね。
容認しちゃえば、拒絶されてもされなくてもどっちでもいーので、好きに動けるってわけです。
精神が強靭ならばまったく問題なくできるはず。

エヴァの主人公は一生懸命拒絶されないように生きようとするわけですよ。
そして、自分の居場所を模索するのです。
で、最後に、自分はここにいてもいいんだ!と感じることが、できたわけですよね。
拒絶におびえていた主人公が、見事、自分の居場所を確立できたわけです。
もとから、居場所が無かったわけじゃなくて、自分の心の中で確立できなかっただけだったのですよね?
しかし、これは精神作業としては大変なものです。

それをやり遂げて終了した、テレビ版が大好きなわけで。私は。

|

« チェコ映画(ヤンシュワンクマイエル)に興味を持ったら、ココ! | トップページ | 穢れなき悪戯 美しくて哀しいおとぎ話 »

コメント

はじめまして。

私もテレビ版が好きです。最終話「世界の中心でアイを叫んだけもの」(セカチューではない)のラスト

父に、ありがとう
母に、さようなら
そして、全ての子供達に
おめでとう

の場面(文字)でナゼか感動して泣いてしまったことがあります。もう年ですかね。(笑)

世間では不評のラスト2話は、アニメとしてというより民放テレビ番組として見ても、心象世界にチョッチ深く入り込みすぎてしまったのかなと思います。視聴者を置き去りにして。

テレビ版は、シンジの中では大円団で終わったから良いです。映画のほうが中途半端だと思います。

でわでわ。

投稿: TAKO@ぽんすブログ | 10月 20, 2004 03:44 午前

TAKOさん、はじめまして。
私は、ラスト2話で置き去りにされた感はあんまりないんですよね~。ロボット(汎用人型決戦兵器)とか、補完計画とか、エヴァの不思議として中核をなしていたものを全部なげうってのラストへの展開が、あのお話の一番の魅力だと思ったんですねー。つまり、アレだけ練られた様で練られていない、おいしいところだけ振りまいた伏線だらけのすばらしいストーリー(しかも一番クライマックス)をわざと投げ打ってあのラストへ続けることで、ラストの重みや意味が増したのではないかと。
うまくいえないんですが、どんなにドラマティックな人生で波乱万丈でも、退屈そうな毎日でも、絵に書いたように平凡な人生でも全て、あのラストにつながってくると思うんです。
人間社会で生きるうえで、ご飯が食べられる状態ならっていう前提つきですが。

大事なのは、ゼーレの不思議やアダムが何かということではなくって、(勿論、気になりましたけど)自分の世界を切り開く可能性は全て自分の心しだい!ということなんだなと。
だから、私は常に世界に前向きでいます。だって、どうせ後ろ向きでも、死なない限り存在しなきゃいけないんだから、しょうがないから、楽しいほうが良いなって思って前向きにしました。
見渡した世界が自分を拒絶する世界であるならば、作り変えてしまえばいいんですよ。自分の世界なんてとても矮小で、どーせ、家族と友達と属してるコミュニティ(勤め先か学校)しかないんだから、全部変えちゃうとかね。家族は変更は難しいかもですね。
なんて思って生活しているもので、私はいつも自分の周りが楽しいほうがいいなと考えています。みんな幸せで自分の居場所があってつまらないことで神経すり減らさないといいなと。とりあえず私の好きな人たちだけでもそうあって欲しいですね。
私が回りに与える影響なんてほっとんど無いんですが、その0に等しい影響でも周りにとってプラスであるといいなと。

なんだか、つまらんこと語ってしまいました。すいません。

あと、映画版なのですが、これはテレビと同じこと言ってますよね。ただ、暗黒面だけを強調したラストかなと。やはり、自分の心次第ということで。
ああやって人間は小悟(小さい悟り)を繰り返すんだろうなあと。悟りがちっさいから、すぐダメになっちゃうんですよね。

投稿: マー | 10月 21, 2004 12:25 午前

確かに、あのTV版のラストは凡庸な人間でもあり得る話ですね。ただ惜しむらくは、24話以前とのギャップです。広げすぎてしまった大風呂敷をキチンとたたむことなく放棄して、シンジの内面だけに始終してしまったラストは多くの視聴者を不完全燃焼させる結果になってしまったことです。

あるTV番組で誰かが「子供達には『物語の終わり』をちゃんと認識させないといけない。そうでないと観てる子供達がファンタジーの世界から帰って来られなくなる。」と言ってました。(NHKのトップランナーで庵野監督自身が語った言葉だったような気もしますが、記憶が定かではありません。)
当時、エヴァの世界から帰れなくなった人達が大勢居たことは、TV版ラスト2話の影響だと思われます。それでも私はTV版を支持しますが。(笑)

「自分の世界を切り開く可能性は全て自分の心しだい!ということなんだなと。だから、私は常に世界に前向きでいます。」

おっしゃる通りですね。すべては受け取り方次第です。エヴァを観て躁うつ病が発症し数年後に自殺してしまった人もいれば、あなたのように「自分次第だから前向きに!」とポジティブに捉える方もおられるワケです。心が弱い人や抑うつ気味の人はエヴァを観ないほうが良いのかもしれません。心の病のトリガーになる要素を持ち、逆に、生き方の処方箋まで示唆してくれる二面性を持つアニメ。単なるロボットものでは決してない、希有なアニメだと思います。

「やっぱり人間関係って「拒絶のプロセス」に尽きると思うんですよ。」

心のATフィールドというのは有ると思うし、ある程度は持ち合わせてないと現代社会を生きることはできません。ATフィールドが強すぎると、いわゆる「引きこもり」や自閉症になりますし、弱いと純朴でダマされやすい人になるでしょう。
ATフィールドの強弱のボリューム調節と、他人からの拒絶を受け止める寛容さ、この両方をバランス良く出来たら、きっと教養ある人格者みたいに呼ばれるんだろうなぁ。

私は、第1話で駅構内や街全体が一瞬にして戦闘モードに切り替わる緊張感が伝わってきて、その辺にクオリティの高さを感じて好きになってしまいました。要は単純なんです。>私。

TV版と映画版の違いで「TV版はシンジの内面で、映画版は外的世界を表していて、実は同じモノなんだ。」というような解釈をエヴァ解説本か何かで読んだことがあります。そういう解説本やマニュアル本で補完して欲しがっている人類が多くなってきた世の中だからこそ、エヴァンゲリオンは一時期おかしなブームになったのかな?と考えます。

普段アニメを見ない人達にまでエヴァ・ブームが浸透してましたから。当時のその状況に「それは違う。何かヘンだ。」と思いつつ黙ってました。

長くなってしまいましたので、以上です。でわでわ。

投稿: TAKO@ぽんすブログ | 10月 23, 2004 05:28 午前

TAKOさん、こんばんわ。
なんだか、今頃エヴァでこんなに語っちゃうとは、ですよね。
すっごい影響力だなあと。

テレビ版については、大風呂敷を閉じなかったところが、好きでした。だからこそ、ラストが生きたのだと、思っていますし、「子供がファンタジーの世界から返ってこられなくなる」というのは、”大人の考えたエゴ”だと感じます。
大抵の子供は、理屈の無い出来事を受け入れるだけの「柔軟さ」を持っているので、理屈に合った結論を欲しがるのは、大人だけじゃないかなと。子供のころの自分を忘れてしまったので、なんとも申せませんし、覚えていたとしても、たった一つの症例なのですが。。。
なので「帰ってこられない大人」が多いのは、しょうがないかなと。

私がもし裕福だったら、就職せずに研究室にいて、やっぱり、帰ってこれないまま、そんな論文を書いてますよ、きっと。
楽しいから、帰ってきたくないですもんねー。
あー、大学時代に戻りたいなあ。
いや、これからの人生、大学時代より楽しくするために、がんばりますよ。まずは、投資だ!

投稿: マー | 10月 25, 2004 03:25 午前

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/50824/1518979

この記事へのトラックバック一覧です: 新世紀エヴァンゲリオン:

» エヴァ25&26話 [ぽんすブログ]
メリー・クリスマス! クリスマスと言えば、イエス・キリスト。 キリストと言えば、 [続きを読む]

受信: 12月 26, 2004 11:14 午後

« チェコ映画(ヤンシュワンクマイエル)に興味を持ったら、ココ! | トップページ | 穢れなき悪戯 美しくて哀しいおとぎ話 »